奇行
1885年に実家を離れ、アントウェルペンの美術学校で学んだ後、
1886年にパリに移住する。パリでは、フェルナン・コルモンの画塾で学び、
同塾生であったアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックやエミール・ベルナール等と知り合った。
1888年にポール・ゴーギャンと南フランスのアルルで共同生活をする(他に十数人の画家の仲間達を招待していたが、来たのはゴーギャンだけだった)が不和となり、ゴーギャンに「自画像の耳の形がおかしい」と言われると、自らの左の耳朶(じだ)を切り取り、女友達に送り付ける等奇行が目立ち、自らサン=レミ=ド=プロヴァンスの精神科病院に入院する。
